2008年04月08日

裁判員制度は民主主義を死なす

 裁判員制度の是非を考えるときには二つのことを論じなければいけない。

 一つはこの制度を日本人が望んでいるのかどうか、もう一つは、この制度が日本によい効果をもたらすのかどうか、ということである。

 この制度の宣伝部隊は第二点についてもっともらしいことをいうが、いちばん大事な、日本人がこれを望んでいるのかどうかという点にはふれない。

 アンケート結果を見てもわかるように日本の国民はこの制度を望んでいない。この制度が日本の社会に必要だとは考えていないのだ。

 したがって仮にこの制度がものすごく好ましい効果を日本にもたらすとしても導入すべきではないのである。

 日本は宗教上の信念に従って輸血を拒否して死んでいく自由が認められている国だ。
 裁判員制度はそのような信念を持った信者をむりやりベッドに縛り付けて勝手に輸血してしまうがごとき暴力である。

 裁判員制度はこの点で原爆投下と同じである。
 アメリカは原爆のおかげで無駄な犠牲を防げたという。
 しかし肝心なのはそれを日本人が望んだかどうかである。

 日本人は裁判員制度を望んでいない。
 この民主主義的な正義をふみにじって導入すべき理がこの制度にあるだろうか。
 この制度を導入しなければ実現されない正義はあるだろうか。

 民主的な医療を実現するにはなんの訓練も受けていない素人でも外科手術を執刀できるようにすべきだなどと主張する者はいない。薬の副作用の情報の広報体制を強化しようとかインフォームドコンセントを徹底させようという話になる。
 ところが裁判員制度に関しては素人に執刀させるという恐ろしい話になっている。

 国民はいつこの制度の導入を求めたのだろう。

 お上が決めたことだからしかたない、お偉方が決めたことに従わないと非国民呼ばわりされる、世間体が悪くなる、いやいやだけどやるしかない…… こんな態度で運用される制度がまた一つ新たに加わって日本の民主主義はほんとに補完されるのだろうか。むしろ悪影響だろう。あしき前例と既成事実を増やしてなにになるのだろう。

 今からでも遅くない。
 裁判員制度の導入は中止すべきだ。

 裁判員制度は原爆投下と同じ
 日本人はそれを望まなかった
 原爆なんていらない
 日本人はそれを望まない

 裁判員制度は思想・良心の自由を侵害する
 心の自由がなければ民主主義もない
 裁判員制度は民主主義を死なせる

 裁判員制度は心の徴兵制

(2008.4.8)

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posted by 堀内悟 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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