2009年09月22日

川上弘美「七夜物語」は吐き気がする

 朝日新聞朝刊の連載小説。川上弘美の「七夜物語(ななよものがたり)」は今日で13回目。当初から感じていた不満が今朝我慢できない域に達した。この小説を読むと吐き気がする。
 三人称と一人称の叙述が混在している! 長ったらしい自由間接話法のつもりなのか? さよは〜した、〜だと客観的に書かれた後すぐにさよの一人称の語りが続いている! 気持ちわるい。なんて幼稚な工夫なんだろう。
 朝日の夕刊連載小説だった藤野千夜「親子三代、犬一匹」にも同じような問題があったが読んでいくうちに軽いノリに慣れてきて楽しく読めるようになった。でも七夜物語はまあいいかと許せるような作品ではなさそうだ。とにかくこういう異なる人称の混在は幼稚としかいいようがない。
 小説家と小説家を目指している人に言っておきたい。作品を設計するときにいちばん大事なのはどの人称で語るのかを明確に決めることなのだ。それが作者と作品の関係を決定づけるのだ。熟慮した後にたったひとつだけ選択しなければいけないのだよ! 物語るということは可能性を捨て続けることなのだ!
 七夜物語では作者がさよにしょっちゅう憑依して物語っているように見える。それならなにもかもさよの視点で書けばいいのにと思う。挿入される客観的な事情説明がとってつけたようなパーティーグッズのヒゲメガネにしか見えない。とても奇異に思える。
 こういう問題を考えさせる小説は読んでいて楽しくない。
 小説に新しいできそこないの話法なんていらないのだ。他の可能性を捨てて一つに決めることこそ崇高な神の模倣なのだ。

2009.9.22火曜・国民の休日

追記(2010.12.27月曜)
 その後、上記の気になる点は見られなくなりました。とても不思議なお話だと思いながら読んでいます。上の文章は語気が強すぎたと思いますが、書いた当時の気分を記録するためにそのままにいたします。

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ラベル:小説 文学
posted by 堀内悟 at 07:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最悪。私はあのお話が大好きでした。どうしてそんなにも否定するのですか。
Posted by at 2011年06月29日 11:33
連載のごく初期にわたしにとっては気持ちの悪い部分があったというだけです。その後気になる点は消え、楽しく読みました。さよと仄田くんが影と光の塊との戦闘中に体得した戦い方のこつはとても参考になりました。その前にこの記事を書いたということです。
Posted by 豹悟郎 at 2011年06月30日 09:07
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